M&Aの基礎知識
2026年7月9日
M&Aの相談先を探すと、「仲介会社」と「FA(フィナンシャル・アドバイザー)」という2種類の専門家が出てきます。どちらもM&Aをサポートする存在ですが、役割・報酬体系・得意な案件の種類がそれぞれ異なります。
「どちらが優れているか」という話ではなく、自社の案件の規模や状況に合ったアドバイザーを選ぶことが、スムーズな売却への近道です。この記事では、買い手・FA側として実際に多くの案件に関わってきた経験をもとに、両者の強みを実務目線で整理します。
最もシンプルな違いは、誰のために動くかという点です。
FA(フィナンシャル・アドバイザー) は、契約した一方の当事者の利益を最大化するために動きます。売り手がFAを起用すれば、そのFAは売り手の代理人として交渉に臨みます。買い手の立場から見ると、FAがついている相手との交渉は、相手側に専門家がいる状態です。
仲介会社 は、売り手と買い手の「間に立つ」存在で、双方の合意形成を支援します。売り手・買い手の双方と信頼関係を築きながら取引を成立させる役割を担います。
実務的に言うと、中小M&Aの案件の大部分は仲介スキームで進みます。これは仲介会社の都合というより、エコノミクスの問題です。
FAは一方の当事者からのみ報酬を受け取るため、その報酬だけでビジネスとして成り立つ案件規模でなければなりません。取引価格が数億円以下のシンプルな小規模案件では、FA報酬だけでは採算が合わないのが現実です。結果として、売り手・買い手の双方から報酬を受け取る仲介スキームでなければ、そもそもビジネスが成立しません。
もう一つ知っておくと役立つ点があります。仲介会社の報酬体系は、案件規模や成立のしやすさに関わらず基本的に一律です。そのため、比較的スムーズに成立する優良案件が、手間のかかる案件のコストを一部補填している構造になっています。
仲介報酬の多くは、取引価格に連動するレーマン方式(取引価格の一定割合)で設定されています。取引が成立してはじめて報酬が発生するため、仲介会社には「取引を成立させる」強いインセンティブがあります。
この設計は、売り手にとって「まず取引を成立させてくれる」という点でメリットがあります。仲介会社は取引価格が高いほど報酬も増えるため、売り手の希望価格に近い条件で決着させようとする動機も自然と働きます。
一方で買い手の立場から見ると、仲介会社は「取引成立」を重視するため、交渉においてどちらかといえば売り手寄りのスタンスになりやすい傾向があることは、念頭に置いておくとよいでしょう。これは仲介会社が特別に偏っているというより、報酬体系から生まれる自然な傾向です。
仲介案件には、売り手にとって理解しておきたいプロセス上の特徴があります。
多くの仲介案件では、初期段階で買い手候補に開示される情報がIM(インフォメーション・メモランダム)と呼ばれる基本的な資料に限定されます。そのうえでLOI(基本合意書)の提出が求められ、LOIに基づいた独占交渉期間への移行と同時に、買い手に中間報酬が請求されるというプロセスが典型的です。
この中間報酬は成功報酬の10%程度が目安で、案件規模によっては数百万円から数千万円になることもあります。売り手側には請求されないケースが一般的です。
このプロセス設計には、売り手にとって合理的な側面があります。
中間報酬と初期段階の情報制限があることで、購買意欲の強い買い手候補だけがプロセスを前に進めます。関心の薄い候補は早期に離脱するため、売却活動を効率よく進める効果があります。やみくもに多くの候補と交渉を進めるよりも、本気度の高い相手に絞って集中して進められる点は、売り手にとって大きなメリットです。
買い手側の立場で見ると、IMレベルの情報だけで一定のコミットを求められることへのハードルを感じる場面もあります。ただし、PEファンドやM&Aに積極的な事業会社(いわゆるストロングバイヤー)は、中間報酬を「良い案件情報を継続して得るための必要経費」と割り切っており、これが現在のM&A市場の一般的な商慣行として定着しています。
仲介のプロセス設計の特性を理解したうえで活用することが、売却活動をスムーズに進めるうえで大切です。
買い手として多くの案件に関わってきた経験から言うと、FAがついている案件は「準備の質」が明らかに違うことが多いです。
特に証券会社やFAS(財務アドバイザリー会社)、ブティック系FAが持ち込む案件は、多少複雑な背景がある場合でも、当初から合理的なスキーム設計が提案されています。仲介案件の場合、現状の説明はされるものの、「どういうスキームで実行するか」は買い手側に委ねられているケースも少なくありません。
バリュエーション(企業価値評価)についても差があります。優秀なFAや大手の仲介会社は、売り手の希望価格を根拠づけるような分析を用意してくることが多いです。買い手がそのままの数字を受け入れるとは限りませんが、「この主張は理解できなくはない」という気持ちにはなります。根拠のない高値を提示されるよりも、交渉がずっと建設的に進みます。
では、どのような状況でFAを起用する選択肢が現実的になるのでしょうか。
この規模になると、売り手側のFAとして動く専門家が採算ベースで動けます。また案件規模によって買い手候補も自然と絞られてくるため、仲介が担う「広範なマッチング」を必要としなくなります。
複数事業を抱えている、財務・法務上の課題がある、特殊な業種や事業構造を持つといった場合、仲介会社にその整理を期待することは難しいことがあります。FA・コンサルタントによる「前捌き」(売却できる状態に整えるプロセス)を経てから売却活動に入る方が、結果的に条件のよい売却につながりやすくなります。
一方で、仲介会社が力を発揮する場面もあります。
証券会社やFASで訓練を受けたFAと比べると、仲介会社は担当者の経験・資質によってサービスの質にばらつきが生じやすい面があります。プロセス管理が滞ったり、有効なアドバイスが得られないケースがないとは言えません。だからこそ、仲介会社を選ぶ際は「担当者の経験や対応の丁寧さ」を見極めることが重要です。
ただし、仲介会社にしかできないことがあります。それは、数億円規模の案件や、一見して優良案件とは言いにくいケースでも粘り強く買い手候補を探し、取引を成立させてくれる点です。FAでは採算が合わない規模の案件で、売り手の出口を実現してきたのは仲介会社の大きな功績です。
多くの中小企業にとっては「仲介か、FAか」という選択より先に、「どの仲介会社を、どう選ぶか」を丁寧に検討することが、実態に即した進め方になります。