「そろそろM&Aを考えたい。でも、仲介会社に相談したら後戻りできなくなりそうで怖い」
そう感じている経営者は、少なくありません。
M&Aの相談は、住宅購入や保険加入と違い、「相談=契約への入り口」というイメージが先行しがちです。実際には、初回相談は情報収集の場であり、その後の方針は経営者自身が決めるものです。
この記事では、M&A仲介会社に相談する前に知っておくべき基本的な事実を、買い手・FAとして実際に交渉してきた立場からお伝えします。「相談してよかった」と思えるように、正しい知識を持って動き始めていただくための内容です。
「相談したら断りにくくなる」は本当か
多くの経営者が相談をためらう最大の理由は、「一度話を聞いてもらったら、断るのが申し訳なくなる」という心理的なハードルです。
結論から言うと、初回相談の段階では、どんな義務も発生しません。
M&A仲介会社との契約関係は、「仲介契約(アドバイザリー契約)」を締結して初めて成立します。初回面談で話を聞いてもらっただけでは、費用は発生しませんし、「この会社にお願いします」という意思表示をする必要もありません。
担当者が熱心に説明してくれると、「断ったら失礼かな」と感じることはあるかもしれません。ただ、それは感情的な問題であり、法的・契約的な問題ではありません。仲介会社側も、初回面談のすべてが案件につながるとは思っていません。
初回相談で断っていい理由
- 仲介契約を結ぶ前は、双方に何の義務もない
- 相談内容が外部に漏れる根拠がない(後述)
- 複数社を比較してから決めるのは、むしろ推奨される行動
「まず話を聞いてみる」という気持ちで相談してください。断ることへの遠慮は不要です。
機密性はどこまで守られるか
「相談したことが従業員や取引先に知られたら」という不安も、よく聞かれます。
初回面談では、通常、会社名や代表者名などの基本情報を伝えることになります。この段階で、信頼できる仲介会社であれば、情報は社内に留まります。ただし、「信頼できる」かどうかを見極めるのは、相談者の側の仕事でもあります。
正式な相談後のNDA(秘密保持契約)
仲介契約を結ぶ段階では、通常、秘密保持契約(NDA)が締結されます。NDAとは、相談内容や企業情報を第三者に漏らしてはならないことを定めた契約です。
NDAを結んでいれば、仲介会社は守秘義務を負います。違反した場合は損害賠償の対象になり得るため、実務上は適切に管理されているケースがほとんどです。
実務経験から見た機密漏えいのリスク
正直に言うと、機密漏えいのリスクがゼロとは言えません。
買い手・FA側として多くのM&Aに関わってきた経験から言うと、情報が漏れやすいのは「仲介会社そのもの」よりも、「買い手に対する情報開示の段階」です。
例えば、複数の買い手候補に同じノンネーム情報(会社名を伏せた概要書)を送った場合、そのうちの一社が同業他社だったり、取引先だったりすることがあります。「業種」「地域」「売上規模」だけで絞られた情報でも、実態を知っている人には特定できてしまうケースがあります。
これは仲介会社の質の問題というより、業界の構造的なリスクです。そのため、「どの買い手に、いつ、どの粒度で情報を開示するか」を仲介会社とよく確認しておくことが重要です。
複数社に相談してもいいのか
「1社だけに絞って相談すべきか、複数社に当たっていいのか」という疑問も、よくあります。
答えは「複数社への相談は問題ない」です。
ただし、注意すべき点が一つあります。それは「専任条項」です。
仲介契約を締結する際に、「専任」か「非専任」かを選ぶ場面があります。
契約形態 | 内容 |
|---|---|
専任契約 | 契約した1社だけにM&Aを依頼できる。他社への相談・依頼は禁止 |
非専任契約 | 複数の仲介会社に並行して依頼できる |
初回相談の段階では専任契約は結んでいないため、複数社に話を聞いてもらうこと自体は自由です。一方、仲介契約を結んで「専任」を選んだ後は、他社への依頼が制限されます。
中小M&Aガイドライン(中小企業庁)でも、専任条項がある場合の注意が記載されており、売り手が不当に縛られないよう、契約内容の確認が推奨されています。
複数社への相談を勧める理由
仲介会社によって、得意業種・得意エリア・手数料体系・担当者の経験値は大きく異なります。1社だけ話を聞いて契約するのは、複数の見積もりを取らずに工事を頼むようなものです。M&Aは一生に一度の決断に近い取引です。比較検討することを、遠慮なく行ってください。
最初の相談で確認すべき5つの質問
初回面談で確認しておくべき項目は多くありますが、特に重要な5つを挙げます。
質問1:着手金はかかるか
仲介会社によって、着手金(契約時に発生する固定費用)の有無はさまざまです。「完全成功報酬型」を謳っていても、中間金(基本合意時)が発生するケースがあります。費用がどのタイミングでいくら発生するかを、最初に確認してください。
質問2:成約実績は何件か、どの業種・規模が多いか
「M&Aの実績があります」という説明は、ほぼどの仲介会社でも聞かれます。重要なのは、自社と近い業種・売上規模での実績があるかどうかです。製造業の案件と飲食業の案件では、買い手のネットワークも交渉のポイントも異なります。
質問3:担当者は誰か、変わる可能性はあるか
初回面談を担当した人が、そのまま案件を担当するとは限りません。大手仲介会社では、初回面談のみを担当する「営業」と、その後の交渉を担当する「担当者」が異なるケースがあります。誰が実際に動いてくれるのかを確認してください。
質問4:専任条項はあるか
先述の通り、専任か非専任かは重要な条件です。専任条項がある場合、その期間と解除条件も確認しておいてください。
質問5:ノンネーム情報はどの粒度で、どこに流すか
自社の情報が、どの段階でどのような形で買い手に伝わるかを確認してください。「業種・地域・売上規模のみ」に絞ったノンネーム情報でも、特定されるリスクがあることは前述の通りです。どのように情報を管理するかの方針を持っている仲介会社かどうか、この質問で見極めることができます。
買い手側から見た「この仲介は信用できる」判断基準
買い手・FA側として多くのM&A案件に関わってきた経験から、「信頼できる仲介会社」と「そうでない仲介会社」を見分けるポイントをお伝えします。
これは、売り手の立場で仲介会社を選ぶときにも、参考になる視点です。
信頼できる仲介会社の特徴
① 売り手の条件を冷静に整理してくれる
「御社の案件は魅力的です」「高値で売れますよ」という言葉は、初回面談では意味がありません。現状をヒアリングした上で、「この条件だと買い手の範囲はここまで」「この点は懸念になる可能性がある」と冷静に整理してくれる担当者が信頼できます。
買い手として交渉してきた経験から言うと、事前に問題点を把握・整理している案件は、交渉がスムーズです。逆に、「すべて問題なし」として持ち込まれた案件ほど、デューデリジェンス(買収監査)で問題が出てくることが多い。
② 「成約率」ではなく「成約件数」を示せる
「成約率90%以上」という数字は、分母の定義次第でいくらでも操作できます。信頼できる仲介会社は、「昨年の成約件数は○件で、主な業種は製造業と建設業です」のように具体的な数字を出せます。
③ 断ることもできると明示してくれる
初回面談で「いつでも断ってください」「まずは情報収集だけでも」と言える担当者は、長期的な信頼関係を重視しているサインです。反対に、「今すぐ動かないと機会を逃す」という雰囲気を出してくる場合は、注意が必要です。
④ 両手取引の説明をしてくれる
仲介会社が売り手・買い手の双方から手数料を取る「両手取引」は、構造的に利益相反が生じます。この点について、自ら説明してくれる仲介会社は透明性が高いと言えます。両手取引の問題については、別の記事で詳しく解説しています。
まとめ
- 初回相談では義務は発生しない。「話を聞く」だけで問題なく、断ることも自由
- 機密性は一定程度守られるが、買い手への情報開示の段階での「特定リスク」には注意
- 複数社への相談は問題ない。ただし、仲介契約を結ぶ際の「専任条項」には注意が必要
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